Na-Thought

フィクションでもノンフィクションでもいいのです

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初恋「痛恨のミス」

「他人事」ほど無責任に興味を持てるものは無い。

「ノリ」ほど止められない勢いがあるものは無い。

 それが色恋沙汰となれば、年頃の女子達にとって恰好の餌でしかない。

  

 その時私はひどくそれを思い知ったのだ。

 去年の今頃、朝晩は肌寒く秋を感じ始める頃、私にとって一大事件が起きた。



  

 

  

 中間テストの時期になると、部活も休みになり学校も半日の日があったりする。だからといって早く自宅に帰ってお勉強をするお利口さん達ばかりではなく、「ラッキーな半日休み」と言わんばかりにここぞと遊びに繰り出したりする者もいる。特に私達にとっては後者がいつものパターンだった。

  

 私は基本的に友達が多い方では無い。むしろ、友達付き合いというのが苦手なタイプである。そんな私でも気兼ねなく親しくできる友人は、他のクラスの美加だけだった。

  

 美加は気さくで人との距離の保ち方がうまい。誰とでも上手に付き合いができる賢い子だ。その分「友達」がとても多く顔が広い。なのに、女子特有の「群れる事」をしない子だから、こんな私でもうまく付き合う事ができているのであろう。

  

 美加は昼の休憩時間にいつも一人で中庭の木陰でジュースを飲む。

 光に透ける感じがキレイな栗色の髪と、華奢な制服姿の上にいつもお洒落なメンズブランドのパーカーをダボっと着ているボーイッシュな女の子。

  

 お昼時はワイワイとうるさい群れをすり抜け、私も一人、いつもこの静かな中庭で過ごす。美加とは、ある日たまたま中庭で隣り合わせ、話をしたのが知り合ったきっかけだったか。

 それからは、意外と気が合うという事もわかり、毎日のように話をするようになった。一緒に登下校する事も増え、休みの日は遊びにでかけるようになった。お互い、自然とお互いをいつも探していて、落ち合って、楽しい事や悲しい事、悩みなどを共有するようになった。お互いがお互いを「友達」と感じていた。美加はそんな私の友達だ。

  

  

  

 中間テストの初日、半日で学校が終わった後、「半日休み」を有意義に過ごすべく、美加と放課後の教室で長話をしていた。ただ、その日は二人ではなく、美加の友達の沙耶も含め他にも数人居ただろうか。

  

 そう、沙耶とは「この1年後、佐羽内と付き合う事になる沙耶」である。

 沙耶とはこの時が初対面という訳では無く、すでに美加を通して面識はあった。いわゆる「友達の友達」で、もちろん親しげに挨拶だってするし、たわいもない会話をしながら楽しく同じ時間を共有する事もよくある。一見普通の「お友達」だけれど少し違うのは、お互いある一定の距離からは近づかない、一線は超えない、例えば、決してお互い弱みは見せない様な、そんな関係である事。人間関係には良くある事で、言葉にすると「うわべの友達」とでも言えばわかりやすいだろうか。

  

 今日の議題は勿論「恋バナ」だ。美加の恋愛話を聞いていた。

 美加は大人びていて、金髪で背がひょろ長い、この時期は常に黒のライダースジャケットを着ている感じの大学生の彼氏がいた。当時美加がはまっていたバンドのボーカルに似てるんだといつも嬉しそうに話していた。

  

 その彼との「すれ違いが多くてなかなか会えない、彼の気持ちがわからない。」そんなお年頃の恋愛に良くある悩みを笑い混じりに面白おかしく話す美加。美加はお喋りが上手で、ついついこちらも耳を傾けてしまう。

  

 沙耶は言わばゴシップ大好きガール。美加の話に興味津々だった。

 美加のうまくいっていない恋愛話をそれはもう楽しそうに聞いている。「それでそれで?」と質問攻めする姿はまるで水を得た魚のごとし。私はにこにこと相槌を打ちながらも、「その関心と興味はこの子の何を満たすのだろうか。」なんて事を考えていたっけ。

  

 美加の上手な話術で話がうまくはぐらかされていくと、沙耶は少し退屈そうなそぶりを見せ、その瞬間矛先がこちらを向いた。

  

「ねぇ、亜子の好きな人は誰?好きな人はいるの?」

  

 その時の私はまだ気付いていなかったが、ここで自分が致命的なミスを犯したんだと数時間後に痛感する事となった。

 

 

沙耶からの問いかけに、私は少しもったいぶってから「いるよ。」と答えた。案の定、沙耶は餌に喰いつく鯉のようにパクッと話題に喰いついた。「ええ、誰?誰?私の知ってる人?」なんてキラキラと目を輝かせて聞いてくる。「教えてくれたら、応援するよ。何でも協力するよ。」とマシンガンのように飛んでくる沙耶の言葉。

  

 里菜っち以外にはまだ誰にも明かした事の無い川田君の話。美加にもまだ話していなかった。もちろん美加も「初耳だよ、どんな人?」と興味津々で迫ってくる。

  

 好きな人を打ち明けるという事は、まるで自分の恥ずかしい所を見せるようで、とてつもなく怖く、極度に緊張するのに、なんだか楽しい。みんなの興味が自分の方に向いて、そして自分だけの秘密をさらけ出す事への不安、猛烈な恥ずかしさと、話した後の周りの反応などを想像すると、もう頭がはじけそうになった。無意識に舌がもつれ、早口になる。

  

 私は、春からかれこれ半年彼に想いを寄せている事、まだ先輩マネージャーだけにしか言っていなかった事、好きになったきっかけなどを美加の真似をして面白おかしく話してみた。みんな楽しそうに、嬉しそうに、相槌を打ち、時に「きゃあきゃあ」と合いの手を入れながら真剣に聞いてくれていた。ただ、みんなの笑顔と、沙耶の笑顔の違いに、ふと違和感を感じて何度か言葉選びに戸惑った。

  

「川田って、うちのクラスの川田だよね?」

 話の途中で言葉をはさんできたのは沙耶だった。沙耶は川田君と同じクラスなのだ。「へぇ、川田をねぇ」そう呟いてニヤリと微笑む沙耶。そのしぐさ、その口調、その表情全てが、あまり気持ちの良い物では無かった。

  

「川田って、モテるでしょ?」「クラスの女子の中でもかなり人気だし」「あたし、川田の事好きって言ってる子他にも知ってるよ」「そういえば、川田とあたしよくメールするんだけどさ」「川田とこないだ電話してたらさ」「川田ってさ…」「川田ってね…」

  

 まさにマシンガンのように沙耶の言葉が突き刺さってくる。ニヤニヤと笑みを浮かべながら沙耶は川田君についての話を色々聞かせてくれた。無論、聞きたくも無いような内容ばかりをつらつらと。

  

「そうなんだね。」と相槌を打つしかできない自分の笑顔が引きつっている事にはすでに気付いていた。でも、どうしようもなかった。それに気付いた美加が「でも、川田君、亜子と良く目が合うんだし可能性があるね、亜子頑張りなよ。」と優しいフォローを入れてくれた。

  

 

「じゃあさ、こうしない?」

  まるで、さぞ素晴らしい事をひらめいたかの如く沙耶は重ねる。

「川田に彼女ができるのも正直時間の問題じゃん。そうなる前に亜子が告白しちゃうべきなんだよ。わかる?」自分の発言に恐ろしく自信がある様子で、周囲をあおり始めた沙耶。「後悔したくないんでしょう」「好きなんでしょう」「今、告白しようよ」「想いを伝えないと何も始まらないよ」と、怒涛の、もはや「言葉責め」に戸惑う事しかできなかった。

  

「絶対大丈夫だから、亜子なら大丈夫だって。」となんの根拠もない『大丈夫』を連呼し、強引に周りをはやし立てた。美加以外の女の子達は沙耶に踊らされてもうお祭り騒ぎ。

  

「それは亜子が決める事であって、あたし達がどうこういう事じゃないでしょう。」と美加がさりげなく沙耶を諭したが、一瞬真顔に戻った沙耶は小さな声で「ええ、つまんない。」とつぶやいた。

  

 すると何を思ったか携帯電話を耳に当てだした。

「え、誰に電話しているの。」とようやく詰まっていた喉から言葉が飛び出たのだが、もう時すでに遅し。

「あ、川田?」ああ、最悪だ。沙耶は川田君に電話をかけていた。あまりの展開の速さに頭が付いていかないとはまさに今のような状況の事をいうのであろう。少し甘ったるい声で話す沙耶はとても楽しそうに笑い声を上げながら川田君と電話をしていた。一体何がそんなに面白いのか、理解できなかった、私の手は震えていたのに。

  

「ねえ、川田ぁ、亜子ってわかる?…そうそう、マネージャーの亜子。」

 正直この「好き」という気持ちは、『見ているだけで幸せ』な物でしかなかったのに。『想いを伝えたい』なんて、その頃はまだ考えたことも無かったのに。

  

「亜子がさ、川田の事好きなんだって、ふふ、そうそう。」

 ああ、どうしてこんな事になったのだろうか。どうして沙耶が川田君に私の気持ちを伝えているのだろうか。どうしてこんな簡単に、今まで大事に大事に隠していた私の気持ちが川田君の耳に入ってしまったのだろうか。溢れてくる「どうして」というやりきれない気持ち達と、今、目の前で起こっている現状に対応する事でもう頭はパニック状態だった。

  

「うんうん、それじゃあちょっと代わるね。」

 満面の笑顔で、いや、笑いを堪えながらという表現が正しいか。

「はい。」と携帯電話を差し出す沙耶。震える手で受け取り耳に当てた。

  

「もしもし」と耳元で川田君の声が聞こえた。こんな距離で彼の声を聴いた事はなかった。受話器越しの川田君はこんな声をしていたのかと今知った。血の気が引いていく。喉が詰まり、何も言葉が出なかった。震える手を押さえながら何も言えずにいた。1分1秒がまるで永遠のように感じた。

  

 しばらくして「あの…ごめん。」という言葉が聞こえ、ゆっくり電話が途切れた。私は結局一言も彼と話す事が出来なかった。「ごめん」と聞こえたあの言葉の意味は「話さないなら電話を切るよ」という「ごめん」なのか、「君の気持ちに応えられないよ」の「ごめん」なのか、いや、もうそんな事はその場の私にとってはどうだって良い事だった。

  

 沙耶は終始ニヤニヤとしてこちらを見ていたが、電話が切れ私の耳から携帯電話が離れた途端「頑張ったねえ、亜子はすごいよ。」なんて空々しい事を言った。私の顔を見れば結果は手に取るようにわかるだろうに、白々しくも「川田なんだって?付き合う事になった?」と尋ねてきた。

  

 見かねた美加は「もうやめなって。やりすぎだよ。」と少し強い口調で沙耶をいさめた。

  

 途端に真顔に戻った沙耶は「つまんなぁい。」と呟くと、美加以外の女の子達に「行こう。」と声をかけ教室を出て行った。他の女の子達はバツが悪そうに「なんかごめんね。」と沙耶の後を追った。

  

 しんと静まり返った教室で私は茫然としていた。

 恋愛ドラマの傷ついたヒロインは、悲恋のヒロインは、きっとこんな感じなのかな、なんてぼうっと考えていた。

 手は冷たく、震えはまだしばらく止まらなかった。

 喉はからからで、目の奥が熱く視界はぼやける。

 冷えた体がじっとり汗ばんでいた。

  

 熟しきっていない恋心という蕾が、他人の無責任な興味とか好奇心とかいう液体にひたされて見ずぼらしくしおれてしまった気がした。沙耶の好奇心や興味が満たされる事が彼女の財産的利益となるならば、彼女のとった行動はもはや私にとって「暴利行為」だ。

  

 恋だと思っていた自分の気持ちが、追い詰められた途端にその行きつく先を見つけられず、その感情に自信を持つことができなかった事も事実で、いささかショックだった。好きという気持ちの続きにある物がまだ何も無かったのだ。付き合いたいとか、触れたいとか、キスしたいとか、そういった感情を川田君に抱いていなかった。きっとこの恋は成熟していなかった。だから、「自分がみっともなく感じる」という不愉快な恥ずかしさしか残らなかった。そして、何より無性に虚しかった。

  

 その日、美加は申し訳なさそうに私の横に座っていた。何か言いたげに、けれど何も言わずにずっと傍にいた。きっと「止められなくてごめんね」 とかそんな感じの優しい事を考えてくれていたのだろう。きっと。

  

 この一大事件でよく分かった事が二つある。

 私は他人の興味や好奇心のおもちゃになったんだという事。

 それと、「私は沙耶が嫌いだ」という事。

  

  

  

  

 その後、川田君からは何も触れてくる事は無く、私もその件で関わる事はしなかった。淡々とした日常は静かにゆっくりと過ぎて行った。まるで何も無かったかのように。そう、悲しいほどに一切何も無かったかのように。

 

 それから1年、私はまだ「恋」という物が良く分からないまま、今だに川田君を目で追い続けている。